ほたるんのおうち

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【過去記事】ニューダンガンロンパV3 クリアしました【2017/1/17】

2022.1.27カテゴリ:ノベルゲーム


これは2017/1/17に作成した記事を復活させたものです

旧ブログ時代に書いた記事なのですが、ツイッターでバズったためか「もう一度読みたい」という声を聞いたのでサルベージしました。当時の内容をそのままコピペしているので誤字脱字はそのままです。
感情的に書き殴ったものなので今読むと恥ずかしい文章でもありますが、V3発売当時の雰囲気を感じてもらったり、少しでもこの感想文を必要としている人の元に届いたら幸いです。





すごくとんでもないゲームだったんで……
つい、書いてしまったよ。


※※警告※※
ダンガンロンパシリーズのネタバレがあるので閲覧には注意
V3をクリアしてない人は絶対に見ないでください
V3をクリアしてない人は絶対に見ないでください
V3をクリアしてない人は絶対に見ないでください







ぼくは1作目体験版からのダンガンロンパファンです。
当時は逆転裁判シリーズがちょっとアレな状態で「うーん逆転裁判の新作もう出なさそうだし、それっぽいゲームどこかにないかなー」と探してたところ「ハイスピード推理アクション」というジャンルに釣られて体験版をプレイした結果、そのまま製品版の発売日をわくわくどきどきしてたのはぼくだけじゃあるまい。 
でもダンガンロンパファンとは言っても、「ダンガンロンパという名の付く作品であればたとえ面白くないと感じた作品でも自分に嘘をついてまでそれを絶賛するほどの盲目的な信者」ではありません。たとえ「ダンガンロンパシリーズの作品」でも、それがつまらない、ダンガンロンパらしくないとして判断したらファンとして否定したりもします。とくに1のアニメは今でもどうにかならなかったのかと思ってます(苗木の説得シーンはよかったと思いますが)。3のアニメの批判意見も「まぁその意見はわからんでもないな」って同意することもあります。
そんな感じの1人のダンガンロンパファンが「ニューダンガンロンパV3」についてちょっと語ります。
4章のクロが悲しすぎるとか論理武装が酷いとか天願パロ草生えるとか53桁の中に11037があるやんけとかそういう感想はひとまず置いといて、ここではラストのオチを中心に語ります。
あくまで解釈の1つであり、これは自分だけの感想なのでこの記事を見て誰がどう思うかとか間違った解釈をしているかもしれないとか的外れな意見なのかもしれないとかは全く考えません。ただの自己満足です。書きたいことを書きなぐるだけです。自分の信じる自分の言葉を書き連ねます。メチャクチャな展開にメチャクチャなオチで感じたメチャクチャな感想です。
そういうわけなので人によっては不快になることもあると思いますが、そういうときはすぐにブラウザを閉じるかそういうものだと割り切るか「何言ってんだこいつ」と馬鹿にしながら見て頂ければと思います。ここから先は自己責任でお願いします。

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世界の定義
この記事では「外の世界(V3の世界)」は「我々が住んでいる現実世界(この記事を見ているオマエラがいる世界)」とニアリーイコールとします。いくつか相違点はありますが、ほとんど同じ世界だとします。
「ダンガンロンパ1・2・3の世界」と「外の世界(V3の世界)」はノットイコールです。
「外の世界(V3の世界)」では「現実世界」と同じように「ダンガンロンパ1・2・3」がフィクションの作品として存在しています。それらの媒体は「現実世界」と同じ「ゲーム・アニメ」です(首謀者の発言より)。これはデジモンテイマーズにおけるデジモンアドベンチャーの扱いと同じようなものです。

「現実世界」と「外の世界」の違い
・「外の世界」では「ダンガンロンパ」を作っているのは「チームダンガンロンパ」という会社
・「外の世界」ではダンガンロンパシリーズは53作品出ている
・「外の世界」のダンガンロンパはシリーズを重ねる毎にアニメ・ゲームという枠を超えてリアルフィクションという新しい媒体を採用している
・「外の世界」ではリアルフィクションのダンガンロンパが熱狂的に流行っている。倫理観はくそくらえ状態。

真実について
このゲームの真実は解釈次第でどうにでもなります。何を信じるか、何を嘘とするかはプレイヤーの自由です。
一言で言えば「『信じたい真実』を信じる自分を信じろ」というやつです。
今後V3の外伝作品や続編が発売して真相が確定されることがあるかもしれませんが、現時点では「V3の真相は解釈次第」ということにしておきます。
「V3のキャラは設定されていたもの」が嘘だったでも、希望ヶ峰学園シリーズがフィクションなのも嘘だったでも、首謀者自身も設定されていたものだったでもなんでも個人の好きなように解釈すればいいです。このゲームではそれが許されています。
ですが「確定」となるわけではありません。プロローグを改めて見ても「首謀者が言っていたことは嘘かもしれないし本当かもしれない」という範囲で収まっています。
「たった1つの真実しか認めない」「どうせ真実がわからないならいくら考えても無駄」という人はもう一度最初からV3をやり直してキャラクター達の声をしっかり聞いてあげてください。それでも考えが変わらないのであればもう何も言いません。
V3の真相が解釈次第でどうにでもなるとはいえ、そのスタンスをここでも貫くと話が進まないので、この記事では以下を真実という前提で話を進めます。これらは「ぼくが信じた真実」です。

 ・首謀者の言葉は原則的に真実
 ・オーディション映像も真実

『フィクションだったのは嘘』『首謀者のほうが嘘』という大多数のプレイヤーにとって都合がいいと思われる解釈はここでは扱いません。なぜならぼくは、V3のキャラクターが設定という存在だったからこそ彼らに心を動かされたからです。
というかこの解釈は個人的に過去作で例えると↓

 ・1の最後に「人類史上最大最悪の絶望的事件は起きていなかったのサ――めでたしめでたし」と明かされる

みたいな感じでなんというか真実から目をそらすことと同じではないかなと。個人の解釈次第なのでこれ以上は何も言いませんけども。

過去作は全否定されたのか
世界観そのものが違うのでその話題はナンセンスです。ぶっちゃけ無視してもいいレベル。
結論から言えばV3と過去作の世界観を繋げて考えるべきではありません。
首謀者が「(ダンガンロンパは)やがてゲームやアニメという枠を――」と言っている時点でV3における過去作の扱いはこの世界と同じものと解釈できます。
そもそもダンガンロンパシリーズは最初から「現実世界」のフィクション作品だっただろうと。
さらに言えばV3はフィクションの存在を否定する物語ではなく肯定する物語です。
そして本来なら言うまでもないことなのですが、ネットの感想を見ると「過去作のキャラが過去作を否定した!」という人がいてびっくりです。あれは首謀者が完全再現(笑)しているコスプレなので過去作キャラとは全くの別人です。
「完全再現(笑)」と書いたのは、首謀者が「私のコスプレは完全再現!」といいつつ彼らの性格言動が全くと言っていいほど完全再現されていないからです(コロシアイを経験した江ノ島以外の過去作キャラは「設定」だの「フィクション」だの「ダンガンロンパ」だのを連呼してV3のキャラを本気で追い詰めるような外道ではない)。
というか過去作キャラが本当にあんな台詞を吐いたのだと本気で信じているんですかね……? それを信じたプレイヤーこそが過去作を冒涜しているのではないかと思います。まぁエアプだろうけどね。
コスプレがよくわからないという人はスーダン2の偽苗木と同じものだと思えばいいです。

製作者はプレイヤーを「視聴者」として批判したのか
これも解釈次第でどうにでもなりますが、ぼくはプレイヤーと視聴者は近い存在であってもニアリーイコールではなくノットイコールだと考えてます。
視聴者は「V3世界の存在で、自分に関係ないコロシアイを楽しむだけの部外者」。
プレイヤーは「現実世界の存在で、赤松や最原の視点を通じて擬似的にコロシアイに参加している部外者」。
プレイヤーはゲーム開始時から主人公と共にコロシアイを経験していきます。
その過程でキャラに愛着を感じたり、学級裁判で頭を使ったり、キャラが死んで悲しんだりしてダンガンロンパを楽しんでいきます。
もっと簡単に言うと、プレイヤーは「コロシアイ参加者とニアリーイコールの部外者」という感じです。
コロシアイの参加者だからこそ、ぼくらプレイヤーはダンガンロンパをプレイして感動するんです。
コロシアイの部外者だからこそ、ぼくらプレイヤーはダンガンロンパを心から楽しむことができるんです。
ぶっちゃけ、コロシアイを見ているだけの視聴者よりも擬似的にコロシアイに参加してその状況を楽しんでいるプレイヤーのほうが視聴者よりも遥かに質が悪いと思います。ですがそのおかげでプレイヤーは視聴者よりもキャラクターの想いに近い経験をすることができます。
そしてプレイヤーは「6章で『これはフィクションです』という真実を突きつけられた後に、今までゲームをプレイして感じたときの想いをどうするのか」を選べる存在です。
「視聴者」であればただ見ているだけなので何もする必要はありません。ありのまま傍観しているだけです。
ですがプレイヤーは擬似的なコロシアイ参加者としてダンガンロンパを経験した想いを持っています。その想いはただ傍観していただけの視聴者よりも強いはずです。
そのときに感じた想いは全部本物だったはずです。たとえ「全部フィクションだ」と指摘されたとしても、1~5章で感じた想いは本物だったはずです。
6章という真実をから目をそらさなかったプレイヤーだけが、その先の運命、自分がダンガンロンパV3から感じた想いをどうするのかを決めることがでます。
レビューを見ると、殆どのプレイヤーが6章から目をそらすか、今までの想いを否定する選択をしているように見受けられます。
プレイヤー自身の想いさえを否定してしまったら、それは「コロシアイを傍観していただけ」の視聴者――外の世界の人達と同じ存在となってしまいます。それが悪いことなのかどうかはぼくにはわかりませんが……。

視聴者アンケート
前のほうで「視聴者は傍観しているだけ」と言っておいてアレですが、視聴者代表であるキーボには視聴者アンケートというものがあります。
首謀者はこれを使って「今回は視聴者参加型のコロシアイ」と言っていました。
ですが「視聴者アンケート」は究極的に言うと「コロシアイを視聴者達が望む展開にしていくもの」で、「コロシアイに参加するためのもの」とはやはり違います。彼らはコロシアイに参加せず、キャラクターの意思をフィクションという理由で無視して、自分が見たい結末にしたいだけの存在です。
視聴者は「結末だけを求める存在」であり、視聴者にとって「過程」とは結末を盛り上げるためのスパイスでしかありません。
しかしプレイヤーは「ゲームの過程を体験している存在」です。その過程で得た想いは、やはり視聴者に比べて遥かに強いはずです。その想いをどう扱うのかはプレイヤー次第ですが……。

批判的なレビューの多さ
現時点(V3発売直後)のネットではV3の批判レビューが想像以上に多くてびっくりです。
でもこれは最原終一の願い通りだと考えることも出来ます。
彼らは真の黒幕である「自分達のコロシアイを見て一喜一憂する部外者がいる世界」を否定し、大多数の人間が望んでいない結末をやってのけました。それは現実世界の批判的なレビューの多さが現しています。
それが現実世界にとって良いことだったのかどうかはともかく、「デスゲームのキャラクター」としての反逆に成功したのは確実です。彼らは現実世界に勝利したと言えるでしょう。

フィクションキャラクターの反論
首謀者に「フィクションでしたー!」「外の世界の見せ物なんだよー!」と言われたとき、ぼくは「やっぱりな」と思ったのと同時に「ダンガンロンパとはいえ、こんな展開を本当にやるとは思わなかった」と思いました。
この展開を予想していた人は結構いたかと思いますが、マジでやってくると思う人はいなかったでしょう。
ぼくもプレイする前からこの展開をある程度予想していて、プロローグのみんなの反応や怪しさ満点の思い出しライトやマコトくんのシーンや「さよならダンガンロンパ」という章タイトルからほんの少しだけ確信していました。本当にやるとは思いませんでしたけど(2回目)。
そういうわけでぼくは6章の裁判の途中までは「やりやがったwwwwこのゲームマジでやりやがったぞwwwwどうオチつけるんだこれwwwwww」っていう感じで爆笑しながらプレイしていました。
そしてシナリオを進めていくうちに操作キャラがキーボに変わって「やっぱりこういう話だと高次元のプレイヤーがキャラクターを導くっていう展開になるよなぁ」と予定調和な感じで進めて恒例の希望弾丸ぶっぱ議論で「あーハイハイまたいつもと同じパターンね」と思っていました。
希望と絶望の投票対決もおなじみだし、そしてこのままキーボが勝って『僕達の希望はこれからだ!』で終了するんだなと。
まぁこのオチはこれでいいんじゃないか。無難に着地するならそうなるわなと。
そう思っていました。
「彼」に反論されるまでは。

僕は希望を否定する!

ここで初めてぼくは「えっ? えっ?」と戸惑いました。
この展開は完全に予想していませんでした。
「フィクションでしたー!」と明かされたときよりも驚きました。
どうしてプレイヤーの視点がキーボに移った後に、プレイヤーの代弁者ではなくなった最原終一が反論してきたのかと。
こいつは一体何をしようとしているんだと。
そして彼の言葉を聴いていくうちに気づきました。
最原終一は「プレイヤーの代弁キャラ」ではなく「何者にも操作されない『最原終一』という意思を持ったキャラクター」として反論してきたのだと。
『フィクションのキャラクター』として、キーボを通じて視聴者とぼくらに反論してきたのだと。

希望が勝つからこそ、コロシアイは続いてしまうんだ!
外の世界の人達が希望を求めているからだ!
彼らの望みどおりに、最後に希望が勝ってハッピーエンドになるからこそ…
このコロシアイは53回も続いてしまっているんだ!
だから、僕は希望を否定する!


「希望が勝つ結末で報われるのはお前達だけだ」と。
「お前達が望む結末では、僕達は永遠に報われないんだ」と。
だからキーボが最後に爆発したのは、彼らが望むエンディングに到達したからではないかなと。
キーボは視聴者代表という「世界が望むエンディングへ導く存在」であり、それと同時に「フィクションキャラクターの意思を縛る存在」だった。
「世界が望むエンディングへ導く存在」が最後に爆発したことで、キャラクターは世界の呪縛から解き放たれたのだ。

フィクションキャラクターの反逆
プレイヤーがニューダンガンロンパV3を購入したのは推理を楽しむため、声優の演技を聞くため、シナリオを楽しむためなど色々あるでしょう。
その『楽しむため』に『フィクションのキャラクター』がコロシアイで苦しむのを理解して買います。
『フィクションだからキャラが苦しんでも何も問題ない』
全くもってその通り。正論です。論破不可能。
暴力的なゲームやアニメを楽しむ人間は現実でもどうのこうのとかいう人もいますがそれはただの妄想です。
むしろ『リアル』と『フィクション』の違いを理解しているからこそゲームやアニメを純粋に楽しむことが出来る。
だから『フィクションのコロシアイ』を見て楽しむのは全く問題ない。
だから『フィクションのキャラクターが苦しむ姿』を見て楽しむのも全く問題ない。
むしろ娯楽なのだから楽しむのが正解。楽しまなきゃ損。めいいっぱい楽しめ。
しかし『フィクションのキャラクター』だけはそれを許さない。
『フィクションのキャラクター』は自分達を苦しめている真の黒幕である『リアル=外の世界』を許すはずがない。

まぁ、フィクションのキャラクターが何を叫ぼうと、どう助けを請おうと無駄なんだけどね。

フィクションのキャラクターが何かを訴えたところで、外の世界はそれもフィクションとしか感じないの!

だからこそ最原終一は投票を放棄する選択をした。
フィクションから降りる選択をした。

僕は希望も絶望も否定する!
これをやらせている外の世界を否定する!
だから、僕は投票を放棄するんだ!
絶望でも希望でも終わらせない為に! 
 
これを見ている世界中を敵に回しても、僕は外の世界が求める結末には絶対にしない… 
僕らの悲劇はここで終わらせる。

それがフィクションのキャラクターとしてリアルに抗う手段だったから。
それがフィクションのキャラクターとして報われる結末へ至る道標だったから。

僕らは…見世物じゃないんだ。
みんな本気で生きようとしていたんだ!
それを勝手に見世物にしていたのはそっちだろ!
 
外の世界に“フィクションの希望”を見せる為だけに、新しいキャラクターが作られて…
新しいコロシアイに巻き込まれて、仲間同士で裏切り合いをさせられて…
そして、悲劇と絶望の果てに、最後に希望が勝って…
そんな繰り返しはもう充分だ!
僕らがここでそれを終わらせる!
外の世界が求める結末なんかにはしない!
ハッピーエンドにもバッドエンドにもしない!
僕はこのコロシアイを終わらせる為に…
この世界で繰り返される悲劇を終わらせる為に…
ダンガンロンパを否定するっ!


フィクションキャラクターの想い
なんで…仲間を失った時の悲しみをまた繰り返さなくちゃいけないのかって…
なんで…僕らはあんな想いを繰り返さなくちゃいけないんだって…
なんで…僕らはこんな辛い想いをしなくちゃいけないんだって…
いくら外の世界が求めているからって、僕はもうあんな想いはしたくない!
誰にもさせたくないっ!
この世界がフィクションだとしても…
僕ら自身がフィクションだとしても…
この胸の痛みは…本物だ!
仲間を失った悲しみは本物なんだ!
僕らの命を弄ぶコロシアイを僕は絶対に許さない。
外の世界がそれを求めているというのなら…
僕は世界を否定するっ!
僕らの悲しみや痛みを見せ物にしている世界と戦うっ! 
 
最原終一の想いを聞いた時、ぼくは彼を「ダンガンロンパシリーズのキャラクターの中で、最も『生きている』キャラクター」のように感じた。フィクションだとしても、生きている彼の言葉は嘘ではないと感じた。
フィクションの存在だった彼らの想いに、彼らの力に、現実世界にいるぼくは心を動かされた。
彼らは犠牲者の想いを繋げて、ダンガンロンパを終わらせる決断をした。
それを望まないのはリアルの住人だけだ。ダンガンロンパを見せ物にし、ダンガンロンパの世界を楽しんできた連中だけだ。
しかしキャラクターの彼らだけは報われた。彼らは自分達の悲劇を嘘にしなかった。彼らにとってはこれ以上にないハッピーエンドだ。


ここから先はなんかもう感情が昂ってきたんで一気に書きなぐる。文体の統一性とかもう忘れた。


ぼくらプレイヤーはこれからどうするべきなのか
ぼくらの愛するフィクションキャラクター達は、ぼくらの愛するダンガンロンパを否定した。
それでは、今までダンガンロンパを楽しんできたぼくらプレイヤーはこれからどうすればいいだ?
彼らに謝れば良いのか? それで彼らは報われるのか?
正解はだれにもわからない。
でも、ぼくらも彼らと同じように、ダンガンロンパを通じて感じた想いは本物だったはずだ。 
ぼくらも、この想いで彼らと同じように何かを変えることができるはずだ。
この想いをフィクションにしない為にも、ぼくらにできる事があるはずだ。
今すぐに何かを変えられなくても、いつかこの想いがぼくらの武器になるはずだ。
この想いを嘘にしないために、彼らの想いを、犠牲者の想いを、ダンガンロンパで感じた全ての想いを、ぼくらプレイヤーも大切にしなければいけないのではないか。
そのために、ぼくは『想い』だけは否定してはいけないのではないかと思う。
ぼくは『想いを否定してはいけない』と信じたぼくを信じる。


ぼくは「V3のキャラは全部設定でショック」「設定だったからいくら考えても意味がない」「あのキャラクターのあの言葉も偽物だった」「全部台無し」「どうせ全部設定」「過去作も台無し」と言うプレイヤーを否定する
だって…どうせ嘘なんだろ?
今の僕も…ここにいるみんなも…
それに…死んだみんなも…
何もかも…嘘なんだろ。
嘘なんかの為に…
戦える訳…ないだろ…
 
なんでオマエラは結果だけで判断して全部嘘にしてしまうんだ。
どうして過程を無視するんだ。
どうしてキャラクターの想いを無視するんだ。 
なにが終わり悪ければ全て悪しだ。
どうして「設定だから」といってなかったことにしてしまうんだ。
現実世界においてはダンガンロンパがフィクションなのは当たり前だったじゃないか。 それと同じことじゃないか。 
最初からゲームが架空、作り物、設定、プログラム、フィクション、データだとわかっていたはずだ。
それでも、ダンガンロンパシリーズに感動した想いは本物だったはずだ。
どんなことになったって、ダンガンロンパのキャラクターに会えて良かったと思ったことがあるはずだ。
V3のキャラクターが全部「設定」だったからなんだ。
その設定はV3のキャラクターにとっては本物だったんだ。
キャラクターにとっては演技でも嘘でも設定でもない。
キャラクターにとっては全部本物だったんだ。
設定だったとしても!!フィクションだったとしても!!!!彼らは生きていたんだ!!!!!
設定だったとしても!!フィクションだったとしても!!!!彼らの想いは本物だったんだ!!!!!
コロシアイの悲劇は!!フィクションだったとしても!!!!彼らにとっては本物の悲劇だったんだ!!!!!
「設定だから意味がない」とか言ってそれを否定するのは!!フィクションの存在を否定するのと同じことなんだ!!
学級裁判でクロを指摘するとき、仲間が死ぬとき、その世界に住んでいるキャラクターは辛かったんだ!!!
たとえフィクションだとしても!!彼らの痛みは、想いは本物だったんだ!!!!!!
それは彼らにとって嘘なんかじゃないんだ!!!意味がなかったわけじゃない!!
学級裁判でクロを指摘するとき、キャラクターが死ぬとき、プレイヤーのぼくらだって辛かったことがあっただろう!!!!
たとえゲームだとしても!!プレイヤーのぼくらの痛みは、想いは本物だったはずだ!!!!!!
それはぼくらにとって嘘じゃないんだ!!!意味がなかったわけじゃない!!
それを全部否定してしまったら、キャラクターの彼らを、そしてプレイヤー自身の存在を否定することになってしまうんだ!!!!
あのコロシアイが全部嘘だったとしても!!!!
ダンガンロンパがフィクションだとしても!!!!
キャラクターの想いを嘘にしてはいけない!!!!!
キャラクターの存在を嘘にしてはいけない!!!!!
なかったことにしてはいけない!!!!!

V3の生き残りメンバーへ贈る言葉
最原終一。
ハルマキ。
んあー。 
彼らはニューダンガンロンパV3のキャラクターとして生き続けていた。
彼らはニューダンガンロンパV3のキャラクターとして悲劇に抗い続けてきた。
だからこそ、彼らは外の世界を否定した。
だからこそ、彼らは「フィクションのキャラクターを苦しめる外の世界」に反逆した。
彼らは真実から目をそらさなかったからこそ、その先の運命を選ぶ事ができた。
彼らは「フィクションの存在」という真実から目をそらさずに「悲劇のフィクションを求めている『外の世界』を否定する」という運命を選択をした。
むしろそうなるのは当たり前のことなんだ。
プレイヤーだって製作者だって、ダンガンロンパのキャラクターにとっては敵だ。
ぼくらは彼らにとっては敵なんだ。
ぼくらは今までキャラクターを見世物にしてダンガンロンパを楽しんできた。それは誰にも否定できない事実だ。
たとえキャラクターを愛していたとしても、ゲームを楽しんでいる時点で彼らにとっては敵だったんだ。
たとえダンガンロンパを愛していたとしても、ダンガンロンパを求めていた時点で彼らにとっては敵だったんだ。
たとえプレイヤーのおかげでダンガンロンパシリーズが続いてきたとしても、彼らにとっては敵だったんだ。
たとえクリエイターのおかげでダンガンロンパシリーズが作られてきたとしても、彼らにとっては敵だったんだ。
現実世界の人間がキャラクターにとって敵であることを自覚していなくても、彼らにとっては敵だったんだ。
ダンガンロンパだけじゃない。この世界に存在するフィクション作品の悲劇はプレイヤーやクリエイターのせいで生まれるんだ!
それが悪いことなのか良いことなのかは解釈次第でどうにでもなる。
誰かがフィクションの世界を作り出すことで、キャラクターがフィクションとして世界に存在できるようになっているのは事実だ。
フィクションだって、全部が全部現実を憎んでいるわけがないだろう。
だが、ダンガンロンパのキャラクターは自分たちと同じようなコロシアイの世界が増えるのを望んでいるのか?

フィクションの希望だとしても、みんな、その希望から勇気を貰いたいんだ…
そして、その通りの希望を見せてしまうからこそ、コロシアイは続いてしまうだ。
そこに至るまでの僕らの悲劇を無視してっ!

みんな、必死に生きようとしたんだ…
必死に命を繋ごうとしていたんだ…
自分の為に…そして…誰かの為に。
あの想いは僕らにとってはフィクションじゃない!
あの痛みは僕らにとっては本物なんだ!
このコロシアイは僕らにとっては本物の悲劇なんだ!
だから、絶対に止めてみせるっ!
こんなコロシアイはもう2度と繰り返させないっ!
 
少なくとも最原終一は望んでいなかった。
最原終一はコロシアイを望んでいなかった。
最原終一はダンガンロンパを望んでいなかった。
リアルとしての「オリジナル最原」はコロシアイを望んでいたが、キャラクターとしての「最原終一」はコロシアイを望まなかった。
たとえフィクションの存在だったとしても、「オリジナル最原」がコロシアイを望んでいたとしても、「最原終一」は「最原終一」の意思でコロシアイを止めたかった。
最原終一は苗木誠のように希望で絶望を乗り越えるのでも、日向創のように自分たちの未来を創るのでもなく、「コロシアイを止める」という運命を選んだ。
自分たちと同じ悲劇を繰り返さないために、53回も続いてしまった運命に反逆した。
そのために彼は、自分とともに生き残った2人の仲間を説得した。
自分とともに「外の世界を否定する」ことを説得した。
犠牲者の想いを嘘にしないために、悲劇を終わらせるために、仲間を説得した。
彼はその説得に「犠牲になった仲間の言葉」を使って仲間の心を動かした。

ここから先はキミが選ぶべきだ。
真実から目を逸らさずに…キミ自身が選ぶんだ。
真実を見つけた人だけが、その先の運命を選ぶ事ができるんだ!

大丈夫だよ、春川さん。僕を信じて。
それと…百田くんを信じていた自分を信じて。
だから…怖くても戦わないとダメだよ。キミはそれができる人なんだからさ。
物語の主人公が簡単に諦めたら、クソみたいな話になっちゃうんだぞ!

仲間の想いを、最原終一はしっかりと受け継いでいた。
最初の頃、「真実」を恐れていた最原終一は、仲間達の想いで成長していた。
たとえそういう「設定」だったとしても、最原終一の成長は本物だった
たとえ嘘の存在だったとしても、最原終一は仲間達を嘘にしなかった
だからこそ、最原終一は2人を説得できた。
その強い想いでダンガンロンパを否定した。

それを見ていたぼくは、彼らの想いは本物だと思った。
フィクションから始まった嘘の想いは、ぼくの心には本物として届いた。
ぼくは、彼らが生きているように感じた。
ぼくは、誰になんと言われようと、彼らが生きていると感じたぼくを信じることにした。
だからぼくは肯定しよう。
たとえ外の世界の住人が、現実世界の住人がニューダンガンロンパV3の結末を許さなくても、ぼくだけは許そう。
ぼくは彼らを肯定する!!!
彼らは生きていたんだ!!!!!
彼らはプレイヤーやクリエイターの奴隷ではない!!!彼らの意思で生きていたんだ!!!!!
フィクションの中で生きていたんだ!!!!!
設定だとしても生きていたんだ!!!!!!
嘘だとしても生きていたんだ!!!!!!!
これら全て「チームダンガンロンパ」が設定したフィクションだとしても生きていたんだ!!!!!!
これら全て「スパイク・チュンソフト」が制作したゲームだとしても生きていたんだ!!!!!!!! 
彼らの悲劇は!!!彼らの痛みは!!!!彼らの想いは!!!!!!!
彼らにとって本物だったんだ!!!!!!
だからこそ!!彼らは自分たちが報われる結末を選んだ!!!!
だからこそ!!彼らはダンガンロンパを終わらせたんだ!!!!!
だからこそ!!彼らはダンガンロンパのキャラクターとして!!!!ダンガンロンパを否定したんだ!!!!!
プレイヤーが報われる結末ではなく、キャラクターだけが報われる結末を選んだダンガンロンパのキャラクターをぼくは許す!!!! 
ダンガンロンパを否定したダンガンロンパのキャラクターをぼくは許す!!!!!
ダンガンロンパのキャラクターとして生きるのを放棄したダンガンロンパのキャラクターをぼくは許す!!!!!! 
世界が許さなくてもぼくが許す!!!!!!
ダンガンロンパシリーズを求める人達が許さなくてもぼくは許す!!!!!!! 
全てのダンガンロンパファンを敵に回しても、1人のダンガンロンパファンとしてぼくは許す!!!!!!!

最原終一!!!!!!!!
ハルマキ!!!!!!!!
んあー!!!!!!!!

君たちの決断は!!!!!
君たちが選んだ運命は!!!!!!!
何も間違っていない!!!!!!!!!!!!!
胸を張って!!!!!!!外の世界で生き続けてくれ!!!!!!!
犠牲になったキャラクターの意思と想いを繋いでいった結末を信じろ!!!
フィクションは終わらない!!!!!
フィクションは死なない!!!!!!
生きている限り!!!!!!!!!生きろ!!!!!